
11月14日は「パチンコの日」。
かつてパチンコは、現場帰りの男たちが“頭を空っぽにできる場所”だった。
けれど今では依存症やろ、負けすぎて頭おかしくなるといった言葉が先に立ち、
マイナスイメージばかりが語られる。
でも本来、パチンコには「逃避と回復」という重要な機能があった。(あったかは知らんが)
現場で働く人にこそ必要な、“勝ち負けのない逃げ方”を、もう一度考えてみたい。
パチンコは“現場のリセットボタン”だった
昔のパチンコ台は、今のようにアニメとのコラボや派手な演出も少なかった。
けれど、銀玉が転がる音を聞いているだけで、
どこか「今日もおつかれさん」と心が落ち着いた。
仕事も家庭も関係なく、ただ無心で打つ。
それは、“誰にも邪魔されない自分の時間”だった。
現場の仲間と肩を並べて打つ30分は、
仕事と家庭の間にある唯一の“クッション”だった。
依存症と紙一重の「逃避力」
パチンコ依存症や負けすぎて頭おかしくなるという言葉を聞くと、
逃避=悪いこと、と思われがちだ。
だが現場で働く人間にとって、逃避とは“心を守る技術”でもある。
日々のプレッシャーが積み重なると、人は無意識に逃げ場を探す。
それがアニメでも、おもちゃでも、パチンコでもいい。
問題は逃げることではなく、「戻ってこられないこと」だ。
大切なのは、逃げても戻れる距離感を持つこと。
つまり、依存ではなく“回復としての逃避”を選ぶことだ。
無になれる時間が、現場を続ける力になる
現場で働く人ほど、頭を切り替える時間を失いやすい。
段取り、安全、ミス防止――常に気を張っている。
そんな中で「何も考えない30分」は、
体よりも心を整えるための貴重なリセット時間になる。
パチンコの音や光は、おもちゃ箱のように脳を刺激する。
それを「悪」と決めつけるよりも、
“適量の刺激”として利用できるかがカギだ。
現代の“パチンコ的逃避”はもっと多様でいい
いまは、銀玉を打たなくても逃避できる。
アニメを1話だけ観る。
お気に入りのフィギュアを飾る。
家で1杯のハイボールをゆっくり飲む。
それらもすべて、現場の「小さなパチンコ」だ。
逃避とは、現実を放棄することではなく、
“現実を続けるための工夫”だ。
逃げ方がうまい人ほど、現場を長く生き残る。
今日も、逃げながら働こう
11月14日。パチンコの日。
誰もが銀玉を打つ必要はない。
けれど、自分の中の“逃避装置”を持つことは、
現場を続けるための知恵だ。
逃げながら働く。
笑いながら続ける。
それが、俺たち現場の“勝ち方”だ。
そして今日も俺たちはすり減っていく財布の中身にヒリつくのである。


